四角い街
___この壁の向こうには、どんな素晴らしい世界が待っているんだろう?
「ふあぁぁ~~~・・・ぐっすり眠っちゃったよ~。」
太陽の光が部屋を明るく照らす。眠たそうにしている眼をこすりながら、少女はよいしょ、と上半身を起こす。
「でも・・・、もう少しだけ・・・えへへ、いいよねぇ」
___と、やはりまだ眠いのか、再びベッドの体を預けようとしたとき
ドン!ドン!ドン!
ドアをノックする音。
「おい!エリー!何やってるんだ!早く起きろよ!今日は『救済』の日だろ!俺たちの分なくなっちまうだろ!」
「え!?うわぁ!もうこんな時間!?い、急がないと~!待っててサン!すぐ支度するから!」
「まったく・・・なんだってこんな大事な日に寝坊するんだよ!」
ドアをたたいた少年、サンはエリーの幼馴染だ。生まれてからずっとの付き合いだ。
______________
「ごめん!お待たせ!」
エリーは息を切らせながら玄関を飛び出しサンの目の前に立つ。
「やっと来たか・・・うわっ!もう『救済』始まっちまう!急げエリー!」
「ちょ、ちょっと!待ってよサン!私、支度で急いだからへとへとだよ~!」
「・・・仕方ねぇなぁ!ほら俺の手にぎれ!一気に行くぞ!」
サンはおもむろに手を差し出し、エリーはニコッとした笑顔でサンの手を握る。
「はぁ、はぁ、な、何とか『救済』が始まる時間に間に合ったぜ・・・」
「うん・・・ありがとうね、サン。」
二人は荒い呼吸を何とか落ち着かせ、空を見上げる。
「さ、来るぞ…『救済』だ!」
遠くのほうからゴウン・・・ゴウン・・・と、重たい音が響く。
音は次第に大きくなり、一定の地点で停止し、そして
____ドシュウッ!
何かを放った。
「着弾地点!南に25mずれたところだぁ、しっかり確保しろよぉ!」
強面の男が着弾地点の指示をし、町の男たちが大きな布を広げ、構える。
ボスっ!しっかりと着弾した何かを布で包み込んだ。
「よぉし!皆の者!一列に並ぶんだ!今から配っていくからなぁ!」
「へへっ、さっそくもらいに行こうぜ、エリー!」
「うん!」
二人が配られたもの、それは肉だった。
「しかし、不便だよなぁ。『救済』」が来ないと俺たち肉が食えないなんてよ~」
「仕方ないよ、サン。だって私たちの町は、私たち人間しかいないし、それに、どこかへ出かけることもできないんだから。」
________
エリー達が暮らす街「スクエア」は、500m四方を長さ10km、高さ1000mの分厚い壁に囲まれた街だ。この街には人間以外の家畜は一匹として存在しておらず、人々は『救済』と呼ばれる、定期的に壁の外から発射される肉を食べて生きている。
「でもよ、この肉は外の世界から来たもんなんだぜ?なんで俺たちで取りに行っちゃいけないんだよ。こんなでかい壁に囲まれた狭い街で一生暮らすなんて俺はまっぴらごめんだぜ!」
「でも・・・元老院のおじ様達が言ってたじゃない。〘この壁の向こうには絶対に行ってはいけない。これはお前たちのためなんじゃ〙って!」
「いや、それはそうだろうけどよ~・・・。やっぱり気になるじゃんか!外の世界には何があるんだろうって!だって肉をぶっ放す大砲があるんだぜ!すっげーのがたくさんあるに違いないって!」
サンは目を輝かせる。この狭い壁を超えた世界への好奇心が止まらないようだ。
「確かに、私も外の世界は気になるけど…どうやってここから抜け出すの?あんな高い壁、私たちじゃ登れないし、いくらなんでも夢を見すぎだよ~!」
「まぁ、そうだよな~。壁の外に行きたいと願っても、それを乗り越える術は俺たちにはない。結局死ぬまで壁の中かぁ~!」
サンはため息をつく。
「あ、サン!そろそろ元老院のおじ様の授業の時間!今日は昔の外の世界についてのお話でしょ?」
「いっけねぇ!そうだった!俺、今日の授業楽しみにしてたんだよ!早くいくぞ!エリー!」
サンは全速力で走り目的地に向かう。
「ま、待ってよ!おいてかないでよ~!」
置いて行かれそうになり、エリーも必死に追いかける。
_____________
「えー、この街がまだ壁に囲まれる前、人々は豊かな自然、広大な大地、そしてウミと呼ばれるとても大きな湖に囲まれて生活しておった。そこでは人とほかの生き物は互いに手を取り合い、幸せに暮らしておった。」
「じゃがある日を境に人間は住む場所を急激に失い、今となってはわしら、スクエアに住む人間のみになってしまった。詳しい理由は歴史書には書かれていないのじゃ。過去の人間が何をし、こうなってしまったのか、今の世界にそれを語れる者はおらんのじゃよ・・・」
「今壁の向こうにあるのはどこまで行っても何もない大地と、『救済』を行う謎の存在のみじゃ・・・」
「なぁじっちゃん!」
サンが手を挙げる
「なんじゃ、サン?何か質問か?」
「壁の向こうに誰もいないならよ、なんで『救済』は肉をスクエアに送ってくれるんだ?ほかに生き物がいないなら、外の世界にも肉はないはずだよな?」
「・・・それは、わしにもわからん。歴史を語るものが残されていないのじゃ、わしら元老院もいつかはこの謎を解明したいとは思っておるがの・・・」
サンの質問に対し、おじ様こと、スドーは少し行き詰ったようなしゃべり方をした。しかし、サンはそれに気づくことはなかった。
「そっか、よし!なら俺が外の世界に行って直接見に行ってやる!もちろん、エリーも一緒だぜ!」
「え、えぇ!?なんで私も行くことになってるのよ!それに、壁の向こうには行けないし、行っちゃだめって何回も言われてるでしょ~~~!」
「そんなの関係ねぇよ。俺は外の世界が知りたい。こんな狭いところで死ぬような男にはなりたくねぇ!絶対に行ってやるさ!」
「ふむぅ・・・サン、夢が大きいことは立派じゃが、それだけはやめておきなさい。外の世界は何があるかわからん。わしらには『救済』を行う何かすらわかっていないんじゃ。もしお前が外の世界に出れたとして、その『救済』を行う何かにうっかり危害を加えてしまったらどうなる?肉が来なくなってしまうかもしれない。そうなってしまってはお前はもちろん、スクエアに住む皆が死んでしまい、人類がこの世界からいなくなってしまう。これはお前のためだけに言ってるんじゃない。人類全員の命がかかってるんじゃ。わかってくれるな?」
「・・・わかったよ、じっちゃん。とりあえず今は外に出るのはあきらめる。」
「うむ、それでよい。何より、そのほうが安全じゃからの。ほっほっほ。さ、今日の授業は終わりじゃ。みんな、気をつけて帰るんじゃぞ。」
__________
授業の帰り道、エリーがつぶやく。
「ねぇ、サン。今日のおじ様、おかしくなかった?」
「おかしいって、何がだよ?エリー。」
「ほら、サンがなんでほかの生き物はいないはずなのに『救済』は肉を送るんだーって、質問したでしょ?」
「あぁ、あれか。それがどうしたんだ?」
「あの質問が来た時、おじ様少し動揺してた。」
「え?本当か?全然気づかなかったな。」
「うん。多分おじ様は私たちに隠し事をしていると思うの。きっと、壁の向こうの世界について、知られたくないことがあるのよ!」
「それって・・・どんなだ?」
「それは、わからないけど・・・元老院のおじ様の隠し事、すっごく気になる。私も、壁の向こうの世界、行ってみたくなったな」
「おぉ!エリー!お前も興味を持ってくれたか!さっそく明日から本格的にこの壁から抜け出す方法を探していこうぜ!」
「うん!」
_____________
授業を終えた次の日、サンとエリーはこの壁に囲まれた街から外の世界へつながる場所を探索することになった。
「とはいってもな~・・・まじで壁、壁、壁だよな。傷もほとんどついてねぇし、どっか穴なんて開いてねぇよな?」
「さすがに無理よ…もし穴があってもここの壁は10kmもあるのよ?絶対にどこかでふさがるわよ。」
「そうだよなぁ・・・でも、どっかにはあると思うんだよな!」
「あなたたち、何をしているの?」
「げっ、ステールおばさん・・・」
サンがステールおばさんと呼ぶ老婆は元老院の中でもトップの権力者であり、事実上のこの街のトップに立つ人だ。
「サン、あなたもしかして、まだ壁の外の出たいなんて思ってるのかしら?」
「い、いや!全然!これ~~~っぽっちも!昨日のじっちゃんの授業で外の世界の怖さわかったしさ!もう、怖くておしっこちびっちゃいそうになっちゃったんだから!それに、お、俺、平和なこの街が好きだし、いっかな~って!」
「・・・そう?ならいいんだけど。外の世界は危険だからね。漏らしちゃう前にちゃんとお手洗いにはいきなさいね。それじゃあね。」
そう言い残し、ステールは去っていった。
「あ、あぶね~・・・どうなるかと思った・・・」
「ふふふっ、サンったらすっごく慌ててるんだもの!面白すぎて笑っちゃうところだった!」
「お前なぁ~・・・他人事だと思って・・・しかし、外の世界、本当にどうやってやればいけるんだろうな~・・・」
サンは腕を組み首をかしげる。
そして、
「あ!そうだ!お手洗い!」
「え、なに?サン、急にお手洗いとか言い出して、ステールおば様の希薄にビビって本当に漏らしちゃった?」
「ちげーよ!そうじゃねぇ!下水管だよ!ほら、この街の一番隅にあるだろ!あそこから外の世界に流してるって前じっちゃんの授業で言ってただろ!」
「あぁ!本当だ!どうして見落としてたんだろう!・・・でも下水かぁ、汚いしやだなぁ。」
「何言ってるんだ!ちょっとくせぇの我慢すれば外の世界に行けるんだぜ!その程度じゃ俺たちのあこがれは止められねぇんだ!」
「私のあこがれは一瞬止まりそうになったけど・・・」
「と・に・か・く!今すぐ行くぞ!思い立ったらなんとやら!思い立ったが吉日!その日以降はなんとやら!」
「はぁ・・・こうなったらもうサンは止められないわね。行きましょう!外の世界を見に!」
__________
ドドドドドドドド・・・・
激しく流れる下水。水門の前には見張りをしているものが二人いる。
「ど、どうするサン!?見張りの人がいるんじゃ、外の世界に行けないよ!」
「大丈夫、俺が合図する。そうしたら全速力で水門に飛び込め、俺が何とかする!」
「えぇ!?わ、わかった。サン、信じてるからね。」
「よし、行くぞ・・・1,2の、3!」
サンとエリーは一斉に飛び出す。
「お、お前たち何やってるんだ!ここは下水の水門だぞ!子供たちが来るようなところじゃないぞ!とまれ!」
「悪いね!俺たちはあんたらごときで止まってられねぇんだ!通してもらうぜ!」
サンが見張りの男を押し倒し、そのすきにエリーが下水に飛び込む。
「サンも早く!」
「あぁ!」
サンも急いでエリーの後を追い飛び込む。
「「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
激しい流れに飲み込まれ、サンとエリーは下水とともに壁の外へと流れていく。
_____________
「元老院の皆様大変です!サンとエリーが、下水の流れとともに壁の外に!」
「なに!?それは本当かね!?」
「何とか助け出せないでしょうか・・・」
「うむ・・・下水は一方通行じゃ。我らではどうすることもできん。サンとエリーの事は残念だがあきらめるしかあるまい・・・」
「そ、そんな・・・」
「じゃが、必ず戻ってくるじゃろう・・・」
元老院の老人が小声でつぶやく。
「え?スドー様、何かおっしゃいました?」
「いや、何でもない。しかし、これ以上犠牲を出さないように水門周りの警備はより強固にしないといけんな・・・」
_____________
「う、うーーーーん・・・」
「はっ!?こ、ここは・・・壁の外?」
下水を流れ、どこかに座礁したエリーが目を覚ます。
「そうだ、私たちは下水に流されて・・・サンは!サンはどこ!?」
「遅いな、ようやく目覚めたか。」
「サン!よかった・・・先に起きてたのね!」
「あたりめーだろ、お前と違って寝坊助じゃないんでな。」
「ちょっと!何よその言い方~!」
「はは、わりぃわりぃ。それより、きちまったな。壁の外の世界。」
「えぇ、本当に・・・でも、おじ様たちの言ってた通り何もない世界ね・・・あの時感じた違和感は気のせいだったのかしら。」
「ま、いいじゃねぇか!せっかく外の世界に出てこれたんだ。いろいろ探索しようぜ!」
「そうね、もしかしたら本当に生物がいるかもしれないし・・・」
___________
しばらく外の世界を歩き続けるサンとエリー。
「ここ、砂埃がすごいわね・・・少し先も見通せないわ。」
「そうだな、離れないように進もうな。」
するとー
「お前たち!どこのコロニーのものだ・・・?」
顔面はやせこけ、見るからに貧しい見た目の男が話しかけてきた。
「うぇっ!?に、人間!?それに、コロニーって・・・?」
「こ、答えてくれ…誰がトップなんだ・・・?」
「え、えーと、ステールさんがトップになるのかな・・・?」
「ス、ステール!?なんで皇族の人間が外にいるんだ!?」
「え!?こ、皇族って、どういうこと!?」
「ステールを含めた皇族の一味は50年前にバカでかい壁を建造しその中に避難、外界との関わりを一切絶ったと聞いていたが・・・って今はこんな話をしている場合じゃない!ここにはもうじき『奴』がくる!早く逃げるんだ!」
「お、おい!さっきから何が何だか・・・それに『奴』ってなんだよ!」
「いいから早く!逃げないと『奴』にやら_____」
砂埃に隠れ巨大何かが近づいてきていた。
グワァッ!
巨大な何かがこぶしを振り上げる。風圧により砂埃が消え、サンとエリーは何かを目の当たりにする。
「な、なんだこれは・・・巨大な・・・鉄の塊・・・?」
サンたちが動く間もなく、機械はこぶしを振り下ろす。
グシャァ!という音とともに衝撃波によりあたりを吹き飛ばす。
「「うわぁ!」」
「エリー!大丈夫か!?」
「え、えぇ、何とか・・・それより、あの男の人は・・・?」
サンは吹き飛ばされた場所に目線を移す。
「______っ!?」
そこには、先ほどまで男がいた場所に何かの塊が落ちているのが見えた。
そう、まるでいつも『救済』で飛ばされてきていた肉塊と酷似している何かだ。
「い、いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
エリーが叫ぶ。突然起こった殺戮に脳がパニックを起こしている。
「こ、こっちだ!逃げるぞ!」
腰が抜け、失禁してしまっているエリーを背負い、サンは全力でこの場を離れようとした。
しかし___
「う、うそだろ・・・!?もう一体!?」
前方から機械がさらに現れた。サンが動きを止めている間に後ろから追ってきていた機械に挟まれてしまった。
「は、はは・・・元老院のじっちゃんが外の世界に出ちゃいけないって言ってたのは、これを知ってたからなんだ。こいつらから逃げるためにスクエアの街を作り、俺たちが生まれたんだ・・・」
「ごめんなエリー。俺が間違っていたんだ。俺がじっちゃんたちの言うことをしっかり聞いていて、いい子にしていれば、こんなことにはならなかった。」
機械がこぶしを振り上げる。
「俺たちの街に帰ろう。エリー。」
_____________
サンとエリーがいなくなって数日。
「サン達、外の世界で元気にやっているだろうか・・・」
「大丈夫だろ、エリーちゃんはしっかりしてるし、意外と元気にやってるんじゃないか?」
「それもそうだな。あ、今日は『救済』の日じゃないか。なんでも今日は元老院の方も見に来るらしいぞ!」
「本当か!それは腕が鳴るなぁ!」
ゴウン・・・ゴウン・・・という音が近づき、肉が発射される。
そしてそれをスクエアの住人が回収し食べる。
「あ!スドー様!本日も『救済』を回収しましたよ!皆にふるまってきますね!」
「おぉ、そうするといい。わしら元老院はもう肉が食えんでの。みんなで食べなさい。」
「はい!ありがとうございます!」
肉を抱え、男は走り出す。
スドーは男を見送り、振り返り元老院の集う場に戻っていった。
「お帰り、サン、エリー。必ず戻ってくると信じていたよ。」